2012年2月28日火曜日

今年初めての大槌町訪問記③ 子どもたちの交流も大切にしていきたい

碇川町長との和やかな懇談の後、仮設校舎で勉強する大槌中学校を訪問。

小野校長先生、熊谷副校長先生、生徒会役員の皆さんに歓迎していただきました。



川西町から本などの寄贈を申し入れしましたが、仮設のため重いものは校舎に持ち込めずにいるとのことでした。

大槌中学校に隣接して小学校が4校あり、子どもたちは仮設校舎で勉強していました。



 次に訪問した大槌高校では、高橋校長先生と面談できました。
 校長先生から震災時の状況や、高台にある高校が避難所として機能し、避難所での高校生の活躍が高く評価されたことなどを話していただきました。
 
また吹奏楽部が県内トップレベルにあり、川崎市をはじめいろいろなところからお誘いをいただき演奏会に参加しているとのことでした。
 
 高校同士の交流も大切にしていきたいと感じました。

2012年2月27日月曜日

今年最初の大槌町訪問記②  今後は友好都市協定の締結をめざす

碇川町長、佐藤教育次長、佐々木生涯学習課長のお出迎えを受けたあと、碇川町長から、これまでの川西町の取り組みに感謝の言葉をいただくともに、大槌町の現状について説明をいただきました。

碇川町長(左)から友好都市協定の締結など川西町との緊密な関係の継続を望む言葉をいただいた
碇川町長
  大槌町では、ようやく復興計画が策定され、これから本当の復興が始まります。
私は住民が十分話し合うことが大事だと思っています。時間はかかっても住民の合意形成を最優先にして進めたいと思います。

港湾の再建も重要な課題ですが、地盤沈下したため、盛土造成をしなければなりません。
それだけでなく地下に埋設されている水道管、下水道管を掘り上げて整備しなおさなければなりません。

また仮設住宅に住む人たちの意向を聞くと、公営住宅を希望する方が非常に多く、町営住宅などの建設もぜひ必要です。

こうした復興事業を進めていくには、総額1000億円規模の予算が必要です。これを8年計画で執行しようと考えています。

 また町の特別会計を含め100億円規模の町としては、多くの職員が犠牲になった中で人が足らないというのが実態です。

川西町には昨年、職員を長期派遣していただくなど、お世話になりましたが、今後さらに友好都市関係へ発展できればと思います。

このように碇川町長から川西町と大槌町の友好関係をさらに緊密な物にしたいという申し出の言葉をいただきました。

これに対して私からは、

「川西町として昨年実施したバスツアーなどを平成24年度の事業に盛り込み、今後とも支援を継続していきたい」

とお伝えしました。

今後はぜひ友好都市協定を結ぶなど、さらに緊密な協力関係を目指していきたいと思います。

2012年2月24日金曜日

今年最初の大槌町訪問記 ① 置農の先生・生徒といっしょに義捐金を届ける

1月30日、今年はじめて大槌町を訪問しました。

今回の訪問は置農(山形県立置賜農業高等学校)生徒会と川西中(川西町立川西中学校)生徒会が集めた義捐金を大槌町のみなさんに届けるためでした。

 置農は文化祭行事の一環として義援金を募り、一円玉と五円玉を張り付け巨大なレリーフを作成、町へ義援金を寄付しました。


  川西中は夏から生徒会が古新聞や段ボールを持ち寄り、古紙回収業者もこれに賛同し義援金としてまとめられました。生徒会からは同額を大槌町の二つの中学校へ届けてほしいとメッセージとともに託されました。
碇川町長(右)に義捐金を」手渡す
 当日は朝6時に出発、置農から生徒会顧問の川越郁美先生、生徒会議長・高橋那菜さん(園芸活用科1年)、生徒会副会長・長澤美咲さん(園芸活用科1年)も同行しました。
 
 朝から冬型気圧配置で天気は荒れ模様となり、高速道での事故も重なり心配しましたが、予定より少し遅れたものの、午後1時過ぎには大槌町の仮設役場に到着しました。
 
 碇川町長、佐藤教育次長、佐々木生涯学習課長がわざわざ出迎えてくださいました。

2012年2月6日月曜日

山形で、まなぶ、あそぶ、インターンシップinかわにし を開催

1月28日 東京・東銀座にあるふるさと回帰支援センターで「山形で、まなぶ、あそぶ、インターンシップinかわにし」を開催しました。
定員40名のところ、座りきれない人もでる盛況ぶりでした。
東京川西会の方々も参加していただき会を盛り上げてくださいました。

また当日参加してくださった明治大学文学部の地理のみなさん、ありがとうございました。

2011年9月29日木曜日

今年の生活者大学校のテーマは東日本大震災 大槌町からも講師が

9月は大雨や台風で荒れ気味の天気でした。川西町は、幸い大きな被害を受けることはありませんでした。

しかし東日本大震災の被災地では、洪水や土砂崩れのおそれがあり、仮設住宅から更なる避難生活を強いられた方もおられました。

ようやく町長選挙と町議会議員選挙が実施され復興への本格的なスタートをきった岩手県・大槌町では、台風15号の大雨で土砂崩れのおそれが出てきたため仮設住宅に住む人たちに避難指示が出される事態になりました。

震災から半年が経過し、ようやく仮設住宅での生活がはじまったばかりのところに、さらに避難指示とは。避難を強いられた住民のみなさんの心中を考えると言葉もありません。

川西町は町の職員を大槌町に派遣するなど、これまでも大槌町の復興のお手伝いをしてきましたが、碇川(いかりがわ)豊・新大槌町長とも電話でお話しし、今後もできるだけ復興のお手伝いをしたいとお伝えしました。

こうした行政レベルの協力ももちろん重要ですが、住民同士の連携というか、ともに生きる者同士が、生活者の目線で今回の震災を考え、復興の道筋を話し合っていくことも非常に大事だと思います。

そんなことから川西町は下記の日程で行われる生活者大学校に今年も協賛していきます。

今回は講師として大槌町生涯学習課長の佐々木健さんに来ていただけるということで、被災地の生の声を聞きながら、私も復興の道筋を考えていきたいと思います。



岩手県大槌町生涯学習課長・佐々木健氏。

第24回遅筆堂文庫・生活者大学校

201l年11月l2日(土)~13日(日)

会場:山形県川西町・遅筆堂文庫/川西町農村環境改善センター

テーマ 『吉里吉里人に学ぶ 生産地の再生』
”生活者の視点で自らの暮らしをもう一度見つめなおそう”

井上ひさしの提唱ではじまった遅筆堂文庫生活者大学校は今年で24回目。
今回は、東日本大震災がテーマです。
発生から半年を経過しても、被災者支援が進まず、地域コミュニティ再生の足がかりさえ危うい状況です。
講師には、佐々木健さん、畠山重篤さん、樋口陽一さん、小熊英二さんをお迎えします。
被災地ではいま何を考え、どう未来を見据えているのか。
また、憲法、社会学それぞれの専門的立場からの発言に、参加者の意見を交えてともに考えます。
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【講師】
佐々木 健(岩手県・大槌町生涯学習課長) 

畠山 重篤(宮城県気仙沼市・NPO法人森は海の恋人理事長)
小熊英ニ (社会学者・慶應義塾大学教授)
樋口 陽一(憲法学者)

【お問い合わせ‐資料鵬求】      .
●遅筆堂文庫生活者大学校実行委員会事務局

〒999‐0121 山形県東置賜郡川西町大字上小松1037ー1
川西町フレンドリープラザ内
TEL0238-46-3311 FAX0238-46-3313
Mail seikatsusyadaigakkou@gmail.com

★お申し込み方法・カリキュラム・受講料など詳細が決まりましたらお知らせします。はがき又はFAXで住所・氏名・電話番号(FAX番号)をお知らせください。
★これまで受講された方、既に資料請求を行われた方には準備でき次第資料をお届けします。再登録の必要はありません。
主催運営:生活者大学校実行委員会・NPO法人遅筆堂文庫プロジェクト   ‐
協賛:山形県川西町 後援:こまつ座
協力:やまがた里の暮らし推進機構

2011年8月6日土曜日

大槌町に行ってきました③ 派遣した川西町職員を激励

東梅前副町長にお会いした後は、川西町から大槌町へ長期派遣している遠藤隆正君を激励するため、町民課へ。


今回大槌町に行ったメンバーと記念写真


町民課前で遠藤君に話をきく

遠藤君は大槌町の町民課で戸籍係の業務についています。

「電算システムが川西町と同機種なので、仕事はやりやすい」と、遠藤君。

けれど、ようやく死亡の消し込みがはじまったところだということでした。

心配なのは慣れない場所での食事や日常生活ですが、

「毎週末は川西町に帰っていますし、朝、晩、食事はしっかりとっているので大丈夫」とか。

次に大槌小学校の2階にある選挙管理委員会に行き、田中和広君と高橋司君を激励しました。


選挙管理委員会に派遣された高橋君(左端)

田中君(左)も選挙管理委員会の仕事に従事。
「選挙管理委員会には、大槌町の職員はだれもおらず、全くゼロからスタートで、とてもたいへん」

と、口をそろえる。

「選管」は大槌町職員のOB、東京・千代田区からの派遣職員、それに川西町から派遣された二人の寄り合い所帯。

現在大槌町には全国から60名を超える派遣職員がおり、寄り合い所帯は「選管」に限ったことではないのですが、派遣職員の大半が1週間交代という短期派遣。

そのため仕事の引き継ぎもままならず、せっかく派遣された職員が、窓口の案内係や避難所の手伝い、物資調達などに従事していると言います。

せっかくの専門知識やスキルがいかせないのは、もったいないな。そう感じました。

「その点、川西町のように長期派遣してもらえるとほんとうに助かる」

と、大いに感謝されて「選管」をあとにしました。


港近くにがれきがあつめられていた。うしろは「ひょうたん島」

4カ月前にくらべると、町中のがれきはきれいに片付けられていた。
途中に通った釜石市内の方が、片づけが進んでいない印象をうけた。

2011年8月5日金曜日

全頭検査で米沢牛のせりが再開。価格が戻った!

昨日(8月4日)、米沢牛のせりが、3週間ぶりに再開しました。

放射性セシウムを含む稲わらが肉牛に与えられていた問題が起きて以来、せりをやめていた米沢食肉公社が、山形県の全頭検査を受けて問題ないとされた米沢牛50頭を3週間ぶりにせりにかけました。

結果は、せりを自粛する前の値段を超える高値をつけた牛もでて、値崩れを防ぐことができました。

安全でおいしい米沢牛というブランドを守ることができたことに、米沢牛の肥育農家がたくさんある川西町の町長として、ほっと胸をなでおろしています。

震災以降、あまりいいことがなかったなかで、久しぶりの朗報といえるでしょう。

宮城、福島、岩手、栃木の4県の肉牛が出荷停止になる中、先手をうって、せりの自粛と全頭検査を打ち出したことが、米沢牛のブランドを守ったわけです。

米沢食肉公社でせりがはじまった。読売新聞より