2012年5月21日月曜日

大滝則忠国会図書館長に御指導をお願いしてきました

先月25日に大滝則忠国会図書館長を表敬訪問いたしました。

大滝さんの話しぶりは、物腰は柔らかく、大変謙虚な方でした。

お顔は実父・栄三さんにそっくりです。

栄三さんは今年でなんと101歳。今もお元気で、短歌会に参加されたり、地域の歴史をまとめたいと精力的に執筆されたりしておられるとか。

大滝館長も、お父さんの薫陶を受け、自分は黒子ですからと話されましたが、図書館の増設工事、特に関西学園都市への分館建設等担当者として要職を務め発展に尽力されました。

「遠距離でロスはないのですか」とお尋ねすると、
「距離は離れているものの回線で結ばれ同一敷地として扱われている」
とのことで驚きました。

国会図書館の歴代館長は衆議院、参議院の事務総長経験者が務めてきたとのことで、15代目で
初めて生え抜きの館長が誕生されたそうです。

職員の方に館内を案内いただき、特に地下に収蔵された蔵書の多さ、マンガ本からミニコミ誌まであらゆるものが収蔵されているのに改めて驚きました。

川西町に関連するものでは『プラザ通信』が収蔵されており、感激しました。

今後、町の遅筆堂文庫の資料整理や新たに井上先生を顕彰する事業などご指導をお願いしてまいりました。

2012年5月5日土曜日

今日、こどもの日は羽前小松駅前でこども祭り

今日5月5日はこどもの日。

羽前小松駅前では、こども祭りが開催されています。

あいにくの小雨模様で、置賜農業高校の吹奏楽部の演奏はホームを借りて行われました。

羽前小松駅のホームでは置農吹奏楽部の演奏が













駅前の広場には郷土の英雄・直江兼嗣も登場して、盛り上がりました。

2012年4月10日火曜日

国や企業の失敗に学ぶ町づくりを!③

☆今後は地域経済のマネージメントもできるリーダーが必要

これから川西町などに限らず地方では人口が縮小していくことは避けられず、そうなれば地域の業態が変わってきます。

そのときたとえば「六次産業化」を目指すのであれば、自治体にも営利と非営利の境を超えていく自分たちの論理をもつことが求められます。

つまり企業経営も分かる人が自治体のリーダーにならないとやっていけない時代がきます。

いままでは地域のことだけわかっていればそれでリーダーがつとまりました。

しかしこれからは企業経営も理解できて地域経済のこともきちんとマネージメントできるリーダーが出てこないと次の時代を開いていけないでしょう。

ですから次代のリーダー選びも、周囲が「いい人だから」といって薦すとか、本人が「とにかく地域に仕事をつくらなくては」と意気込んで出るとかいうのではうまくいかない。

みなが知恵を出し合い時間をかけて次代のリーダーを育てていかないといけないと思います。

☆第3者委員会のイメージとは

たとえばいまヨーロッパではギリシャに端を発した問題がいろいろな国に飛び火し、日本でもいろんなひとが心配していますが、欧米での大方の見方では深刻な状態はそれほど長く続かないだろうといわれています。

その理由は、まずドイツとフランスを中心にしっかりコントロールがきいているから大丈夫ということのようです。

それぞれの政府を日本の政府と同じように見てしまうから日本では必要以上に心配してしまいますが、ドイツもフランスも国の内部にきちんとガバナンスをチェックできる専門家の装置をもっています。

これはいまの日本にはありません。

彼らの中にはきちんとバランサーが内蔵されているから、今後選挙でどの政党が勝とうが関係ありません。

またどちらの国も連邦制を敷いていて地方と中央の関係をきっちりもっていて、その拡大版としてEUがあるわけです。

つまり従来の政党や政治の枠組みとは別の立ち位置でしっかり自治体のガバナンスをチェックできる装置――それが第3者委員会のイメージです。

☆国や企業の失敗から学ぶ

いま日本の政府や企業が窮地にたたされているのは、こうしたガバナンスのチェック機能が欠如しているからだと考えられます。

また世界に通用する確固たる倫理――つまりコンプライアンスですね、これが欠如していことも失敗の原因といえるでしょう。

こうした失敗から私たちも自由ではありません。

私たちも川西町の未来を考えるときには、コンプライアンスとガバナンスを常に意識しつつ、国や企業がこれまで犯してきた失敗に謙虚に学びたいものです。(完)

2012年4月9日月曜日

国や企業の失敗に学ぶ町づくりを!②

☆コンプライアンスとガバナンス

コンプライアンスは企業を考える際の用語で、ガバナンスは経済学の中から出てきて、本来は行政の用語だったはずですが、今は経済とか市民社会を考えるときに使われるようになってきています。

コンプライアンスは「法令遵守」というふうに訳されることも多いのですが、それでは「法律守っていれば何してもいいのか」という議論になってしまいます。

そこで国際社会では今やコンプライアンスという言葉は「倫理」「哲学」「文化」とか、そういう抽象的な概念まで示す言葉になってきています。

またガバナンスとは何らかの組織について多様な主体がその意志決定と行動をコントロールすることといっていいでしょうつまりいままでのように一人の経営者が独善的な経営を行うという行き方はガバナンスのニュアンスとは逆の方向を向いているように思います

☆「二〇年後の川西町」という診断書を


このように言うと難しく聞こえますが、たとえば大王製紙の問題やオリンパスの問題を消費者や市民の立場からどう評価するのか。それができていれば、コンプライアンスとガバナンスの問題もそれほど難しくありません。

これらの問題は地域で日々起きていることの拡大版にすぎないからです。

要点はこうした問題を解決するためには、自分たちの内部で議論していてはだめで、会社であれば監査法人も機能しないことがわかってきたということです。

国も総務省が政策評価委員会と独立行政法人評価委員会をつくり、第3者に政府の政策評価と独立行政法人の評価を委ねています。

つまり国も企業も今や自分自身の診断を自分でやる時代ではなくなったということなのです。

ですから川西町でも第3者委員会をつくって行政評価をやってもらいましょう。

もう川西町のような自治体が自分自身の診断――行政評価を自分でやっている時代ではないのです。

そして「二〇年後の川西町」というような診断書を書いてもらい、それに沿って、教育なら教育、福祉なら福祉、農政なら農政というようにさらに細かい評価基準をつくっていく。

それが必要な時期にきています。

☆シミュレーションを第3者委員会に委託する仕組みを

町の人口が先細りになっていく中で、町の財政のバランスシートだけ見ているとただただ縮小していくだけのように見えます.

けれども農協や各農家のバランスシートとくっつけてみることができれば、そこには時間差が生まれることがわかります。

それがわかれば、どういう順番で何がおきてくるかは大方予想できるでしょう。

こうしたシミュレーションを第三者委員会に委託する仕組みをつくり、問題に直面する前に方策を積み重ねていくことが大切なのではないでしょうか。

その上で、役場のこの部分は民間に委託するとか、あるいはこの部分は残すとか判断し、町民全体の合意を形成していけばいいのです。(続く)

2012年4月7日土曜日

国や企業の失敗に学ぶ町づくりを!①

☆東日本大震災から1年

東日本大震災から一年がすぎました。

川西町の被害は幸い軽微でしたが、私も川西町長として、川西町に避難してこられた方々の受け入れや支援、さらには岩手県・大槌町への職員派遣などを通じて、その被害の甚大さを肌で感じてきました。

3月11日にはこのブログで紹介したように岩手県・大槌町で行われた東日本大震災の犠牲者の慰霊祭に出席し、霊前に今後も被害に遭われた方々への支援を長期にわたって継続すると誓いました。

東日本大震災後の1年を振り返ってみますと、あの震災からどう日本を復興させ、地域をどう再建していくかを議論する過程で、いろんな価値観が激突し、さまざまな問題が今までとは違った角度で問われるようになってきたと感じます。

☆国と地方、公と民間の境が曖昧になってきた

まず国と地方、公(おおやけ)と民間の境が曖昧になってきました。

いままでは国の役割と地方の役割、公の役割と民間の役割が明確にわかれており、それを前提に日本という国が成り立ってきました。

ところが最近ではその境目が曖昧になってきているように見えます。

そのため町レベルの問題を解決しようとする際にも、日本全体を俯瞰した構想をもっていないと解決できなくなりつつあるという意見が識者の間からも出てきています。

☆企業の不祥事と第3者委員会

ところでこの一年の間に経済界では、おおきな不祥事が続きました。

たとえば大王製紙の役員による資金の不正流用問題、あるいはオリンパスによる長期にわたる粉飾決算問題などです。

こうした不祥事が起きると従来は社内に設置した内部監査制度や監査法人が問題の解決に当たることが多かったのですが、最近では「第3者委員会」を設置する例が増えていると言います。

どういうことかと言うと、企業内部の自浄作用だけでは問題が解決できないだけでなく、問題の部分を洗い出すこともできない企業が多くなりつつあるということです。

その背景には国際化によって企業に求められる倫理と、日本のそれぞれの企業が今までもってきた固有の論理や文化があまりにも乖離してしまったという問題があるようです。

いままでのようにワンマン経営者が独善的な企業経営を行うようなことは難しくなってきたのです。

そこで社外の専門家――公認会計士や弁護士、学識経験者――からなる第3者委員会に問題点の分析と解決策を委ねる例が増えてきたということです。

その際のキーワードとなるのが、ちょっと難しくなりますが、コンプライアンスとガバナンスです。(続く)

2012年4月3日火曜日

川西町出身の大滝則忠さんが国会図書館長に!

先週のブログで玉庭地区のひなめぐりのニュースをお伝えしましたが、

その玉庭地区にまつわるビッグニュースが4月1日に飛び込んできました。

わが川西町の玉庭地区出身の大滝則忠さんが国会図書館長に就任されたのです。

大滝さんは現在、東京農大の教授もされていますが、ずっと国会図書館でキャリアをつまれてきた方です。

毎日新聞は「国会図書館長にたたき上げの職員出身者が就くのは初めて」と伝えています。

玉庭地区は愛知大学の創立者である本間喜一さんを生んだ場所でもあります。



2012年3月27日火曜日

第14回玉庭ひなめぐり開催

この土曜日と日曜日は恒例の玉庭ひなめぐりが開催されました。
昨年は東日本大震災直後ということで中止となったのですが、

今年は例年になく雪がたくさん残る中、天気には恵まれて

地元はもちろん東京や福井など遠方からも参加していただきました。
3月も末というのに今年は例年になく雪が多くのこっています。
玉庭地区では大人の背丈より高く積み上げられた雪がそのままのこっていました。

おひなさまを見せて頂くだけでなく、自慢の郷土料理でもてなしを受けるのもひなめぐりの楽しみ

おひなさまの前でボランティアの方々から説明をききます。

寒い日だったので囲炉裏の温もりがありがたかった。
東京からきた方々は囲炉裏の意外な暖かさにびっくりされていました。

ひなめぐりの目玉は江戸時代からつたわる立派なおひなさま。
現代のおひなさまとはお顔も服装も、大きさまで違います。

片膝をあげてすわったおひなさま。
お隣の韓国の正座によくにています

いろんなお宅をつぎつぎに訪れるのがひなめぐり。
ふだんは外からしか見れない古いお家を見せて頂ける絶好の機会です。

2012年3月11日日曜日

慰霊祭では小学生が復興を誓う

さきほど大槌町の慰霊祭では、参加者の献花がはじまりました。

慰霊祭は、まず国立劇場で行われた追悼式の模様を中継画像で流すことではじまりました。

地震が起こった2時46分には全員で黙祷を捧げました。

その後、碇川大槌町長から犠牲者への追悼の言葉が手向けられ、復興へ向けた決意が表明されました。

来賓の言葉が続いたあと、小学校6年生の男の子と女の子が「かならず大槌町を復興させますと」霊前に誓いの言葉を述べたのが印象的でした。

私も来賓の方々とともに霊前に献花。

微力ながら今後も、大槌町の復興のために継続的な支援を続けていくことを誓いました。

いよいよ大槌町の慰霊祭がはじまります

大槌ふれあい運動公園野球場につくられた慰霊祭の会場に移動してきました。

いま1時15分すぎ。

会場には少しずつ町民の方々が集まり始めています。












これから私も犠牲になった方々に慰霊の誠を捧げてきたいとおもいます。


大槌町の慰霊祭の会場に到着しました

12時すぎに大槌町につきました。

こちらも朝から雪だそうです。














昨年のあの日と同じです。

何度もお目にかかっている佐々木生涯学習課長が出迎えてくださいました。














昼食をいただいたあと、会場に向かいます。

慰霊の日は昨年と同じ冬空です

午前10時東北新幹線の新花巻駅前から送迎バスに乗車しました。

車窓には、昨年を思い出させるように雪がちらつく冬空がひろがっています。

車内には来賓として参列する首長をはじめ関係者が同行。


例年になく雪が多い山を越えて大槌町を目指します。

2012年3月9日金曜日

大槌町東日本大震災慰霊祭にいってまいります

3月11日で東日本大震災から1年がたちます。

この間、井上ひさし先生のご縁で支援させていただいている岩手県大槌町では、

下記のように当日午後一時半より東日本大震災で犠牲になられた方々の慰霊祭が挙行されることになりました。

碇川大槌町長からは、慰霊祭での代表献花の依頼を受けております。私も東日本大震災で亡くなられた方々に追悼の誠を捧げて参りたいと思います。

慰霊祭の模様は当日、ブログで報告させていただくつもりでおります。



                           案内書

謹啓 

平成二十三年三月十一日に発生した東日本大震災において犠牲となられた方々への追悼の誠を捧げるため、大槌町東日本大震災慰霊祭を左記により挙行いたしますのでご案内申し上げます。 

                                                   敬具    

                             記               

               日時 平成二十四年三月十一日午後一時三十分      

               場所 大槌ふれあい運動公園野球場特設テント内     

                            平成二十四年二月             大槌町長 碇川 豊

2012年3月5日月曜日

今年はじめて大槌町訪問記④少しずつ復興に向けて動き始めていることを実感

最後に吉里吉里中学校を訪問。

沼田校長先生、生徒会役員の皆さんと懇談しました。

海から20メートルもの高台にある吉里吉里中学校のフェンスをなぎ倒して、津波が学校へ押し寄せたとのことでした。

現在、グラウンドには仮設住宅が建設されていましたが、そこに津波が押し寄せたとは、とても想像できないものでした。

 帰途、ひょっこりひょうたん島のモデルである蓬莱島を見てきました。

護岸も嵩上げされており、12月中にはショッピングセンターも営業が再開されました。
 
 半年ぶりの訪問でしたが少しずつ復興に向けて動き始めていることを感じてきました。


2012年2月28日火曜日

今年初めての大槌町訪問記③ 子どもたちの交流も大切にしていきたい

碇川町長との和やかな懇談の後、仮設校舎で勉強する大槌中学校を訪問。

小野校長先生、熊谷副校長先生、生徒会役員の皆さんに歓迎していただきました。



川西町から本などの寄贈を申し入れしましたが、仮設のため重いものは校舎に持ち込めずにいるとのことでした。

大槌中学校に隣接して小学校が4校あり、子どもたちは仮設校舎で勉強していました。



 次に訪問した大槌高校では、高橋校長先生と面談できました。
 校長先生から震災時の状況や、高台にある高校が避難所として機能し、避難所での高校生の活躍が高く評価されたことなどを話していただきました。
 
また吹奏楽部が県内トップレベルにあり、川崎市をはじめいろいろなところからお誘いをいただき演奏会に参加しているとのことでした。
 
 高校同士の交流も大切にしていきたいと感じました。

2012年2月27日月曜日

今年最初の大槌町訪問記②  今後は友好都市協定の締結をめざす

碇川町長、佐藤教育次長、佐々木生涯学習課長のお出迎えを受けたあと、碇川町長から、これまでの川西町の取り組みに感謝の言葉をいただくともに、大槌町の現状について説明をいただきました。

碇川町長(左)から友好都市協定の締結など川西町との緊密な関係の継続を望む言葉をいただいた
碇川町長
  大槌町では、ようやく復興計画が策定され、これから本当の復興が始まります。
私は住民が十分話し合うことが大事だと思っています。時間はかかっても住民の合意形成を最優先にして進めたいと思います。

港湾の再建も重要な課題ですが、地盤沈下したため、盛土造成をしなければなりません。
それだけでなく地下に埋設されている水道管、下水道管を掘り上げて整備しなおさなければなりません。

また仮設住宅に住む人たちの意向を聞くと、公営住宅を希望する方が非常に多く、町営住宅などの建設もぜひ必要です。

こうした復興事業を進めていくには、総額1000億円規模の予算が必要です。これを8年計画で執行しようと考えています。

 また町の特別会計を含め100億円規模の町としては、多くの職員が犠牲になった中で人が足らないというのが実態です。

川西町には昨年、職員を長期派遣していただくなど、お世話になりましたが、今後さらに友好都市関係へ発展できればと思います。

このように碇川町長から川西町と大槌町の友好関係をさらに緊密な物にしたいという申し出の言葉をいただきました。

これに対して私からは、

「川西町として昨年実施したバスツアーなどを平成24年度の事業に盛り込み、今後とも支援を継続していきたい」

とお伝えしました。

今後はぜひ友好都市協定を結ぶなど、さらに緊密な協力関係を目指していきたいと思います。

2012年2月24日金曜日

今年最初の大槌町訪問記 ① 置農の先生・生徒といっしょに義捐金を届ける

1月30日、今年はじめて大槌町を訪問しました。

今回の訪問は置農(山形県立置賜農業高等学校)生徒会と川西中(川西町立川西中学校)生徒会が集めた義捐金を大槌町のみなさんに届けるためでした。

 置農は文化祭行事の一環として義援金を募り、一円玉と五円玉を張り付け巨大なレリーフを作成、町へ義援金を寄付しました。


  川西中は夏から生徒会が古新聞や段ボールを持ち寄り、古紙回収業者もこれに賛同し義援金としてまとめられました。生徒会からは同額を大槌町の二つの中学校へ届けてほしいとメッセージとともに託されました。
碇川町長(右)に義捐金を」手渡す
 当日は朝6時に出発、置農から生徒会顧問の川越郁美先生、生徒会議長・高橋那菜さん(園芸活用科1年)、生徒会副会長・長澤美咲さん(園芸活用科1年)も同行しました。
 
 朝から冬型気圧配置で天気は荒れ模様となり、高速道での事故も重なり心配しましたが、予定より少し遅れたものの、午後1時過ぎには大槌町の仮設役場に到着しました。
 
 碇川町長、佐藤教育次長、佐々木生涯学習課長がわざわざ出迎えてくださいました。

2012年2月6日月曜日

山形で、まなぶ、あそぶ、インターンシップinかわにし を開催

1月28日 東京・東銀座にあるふるさと回帰支援センターで「山形で、まなぶ、あそぶ、インターンシップinかわにし」を開催しました。
定員40名のところ、座りきれない人もでる盛況ぶりでした。
東京川西会の方々も参加していただき会を盛り上げてくださいました。

また当日参加してくださった明治大学文学部の地理のみなさん、ありがとうございました。